仏の全てを見通す目は悠々の時を越えても真理を見つめているようです。
紀元1世紀から5世紀にかけて仏教美術に華が咲いた古代ガンダーラ地方は現在のパキスタン北西部からからアフガニスタン東部に位置していました。
この仏像が製作されたと思われるハッダは、アフガニスタン東部のナンガルハール州のジャララバードから南方に8~10キロに位置します。古代ガンダーラ地域のギリシャ風仏教遺跡がのこったいた場所で、19世紀にはイギリス人調査をし、1923~28年にかけてフランス考古使節団のA.フーシェやJ.バルトゥーにより発掘作業が行われました。
各国の考古学隊による発掘は1970年代まで続きましたが、1979年のソ連軍侵攻、その後1989年まで続くアフガン紛争により、遺跡は完全に破壊されました。
しかし、かつて発掘された仏像などが昔ヨーロッパなどに流れ、破壊を免れ、残存していたものがあります。この仏像も昔イギリスに渡っていたものをロンドンで見つけ日本へと持ち帰ったものです。
ハッダでは碧岩等を彫刻した他のガンダーラ地方で見られる石仏ではなく、ストゥッコと呼ばれえる細かい粒子の土に石灰を混ぜた漆喰による製作技法が多用されました。古代ギリシャやローマで彫像を製作する際に使われた技法で、ローマから東方のガンダーラ地方に伝わったとされています。
こうした仏像は寺院や仏塔の壁を飾るために製作されていたものが多く、裏側は壁面に接すようにつくられていました。この仏像も裏面は漆喰が目にできます。ストゥッコは三層の構造になっており、荒い漆喰で大まかな形を整え、きめの細かい層で表面を製作していき、最後にさらに細かく整った層で滑らかに仕上げています。最後の表面の層まで残っているものは少ないです。この仏像は珍しく三層目が残っており、表面に着色された赤茶色の層が見られます。その上に、パティナと呼ばれる泥が凝固し岩のようになったものがこびりついています。
パティナはガンダーラ地方の発掘品に多く見られる付着物で、インダス河の流域地域はインダス河の堆積物である泥が積み重なった地層であり、長年埋もれた物に泥が岩のように固くなり付着する傾向があります。三層目はパティナの下でよく見るとまばらになっており、残っている部分と剝がれ落ちている部分があります。
ハッダの仏像は頭部と体を別に製作したため、頭部のみが崩れ落ちてしまったものが多く、こうして全身で残存しているものは少ないです。肉髻(にっけい)も残っており、この仏像が悟りに達した如来であることを示しています。
近年、イギリスで製作された台座は仏像の背中上部で芯留めしています。
ガンダーラ仏特有の彫りの深い顔立ちは美しく、静かな眼差しが心を見通してくれているように感じられます。
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